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2011年3月13日日曜日




『パウル・クレー ー終わらないアトリエー』展@京都国立近代美術館を見に行く。


あんまし知らなくて、見に行ったんだけど、すっごくよかった。 ほんとすっごくよかった。

今回の展覧会はクレーの技法で、作品を分類したならびになっているんだけど、どのセクションでもクレーの“線”に圧倒される。モザイクのような、色と色がならんだ絵も、それ自体が大きな線というか、境界線がすごく際立って見えていた。 油彩転写という、線にこだわった技法もそれゆえにうまれたものなんだろうな。
もう一つ思ったのは、抽象絵画が立体的であるということ。コルビジェの絵画なんかはすごく平面、であることを意識して描かれているように思えるけど、クレーの場合は、平面にこそ立体はあるとでもいいたげなかんじ。

絵をどこかで切り取って別の絵にするということや、絵画の両面ともが作品になっていたりするのは、絵画に対しての信頼というか、わりとそこに関して自由だったんじゃないか。 とにかく、展示の方法もあるかもしれないけれど、絵の終わりというか、現実世界との区切りがしっかりしているのも印象的だった。


 見てすぐに思ったのは、ピーター・メルクリがいかに強くクレーの影響をうけてるということ。展示されたスケッチの多くは、メルクリのドローイングに通じるものが多々あったし、単なる表面的な影響だけではなくて、線をどう扱うのかといった事に関しても、きっと影響をうけてるんだろう。
 クレーをみて改めてメルクリの強い線のドローイングに納得。そして彼のドローイングの多くが透視図法ではなく、純粋な立面図であることにも。





というようなことを、なんの裏付けもなく書いてみたけどあくまでも感想だし、常識的なことかもしれないし、的外れなのかも。

昨日はへんてこで楽しい夢をみたはずなのに全然思い出せない。

2010年3月1日月曜日

remember

Pablo Picasso

Guitar,Sheet Music, and Wine Glass


Glass and Bottle of Suze


Marcel Duchamp

fountain


L.H.O.O.Q.


L.H.O.O.Q.(rasee),January 13


Joseph Kosuth

One and Three Chairs


Richard Hamilton

Just What Is It That Makes Today's Homes So Different, So Appearling?



Andy Warhol

100 Cans


Marilyn Diptych


Jasper Johns

flag


Color Numbers


Bart Parker

Tomatoe Picture


Ashley Bickerton

tormented self-portrait(susie at arles)



メディア芸術論で。

2010年1月24日日曜日

pipilotti rist



I've seen this video before, but I don't remember where or when....

2010年1月19日火曜日





長谷川祐子さんの話では、index→icon→symbol というヒエラルキーが存在して、今のアートはインデックスの中で活動してる、だからこそ入り口が広いんだって。

つくるひと アート みるひと の関係性で言うと つくるひととアートの間でごちゃごちゃやってたことを 今は アートとみるひとの間でごちゃごちゃやってる。そっちがわの可能性を探ってる。

らしい。

おもしろかった すごく

で やっぱり自分で確かめることが大切なんだってさ!

けっきょく信じられるのは自分だけなんだとしたら、今からでも自分を信じられるようになりたい。だからへたくそでも自分で確認していかないとだめなんだろう。がんばらないと


その辺の話と、オザケンのメディアの話と、 おもしろいです。





life!


今 このタイミングで長谷川祐子の話をきけてほんとによかった!!美術手帖 来月のやつ 買おうかなー

やっぱりお金を使うことは大事だと思うんです、精神的にも…

カラフルなシャツが欲しい



そして オザケンインタビューもなかなか…

チケットとれるかな

2009年12月28日月曜日

消えるな太陽



金沢旅行。

Olafur Eliasson-Your Encounter展に行く

どこの美術館をみても、この人の作品が記憶に残っていた。写真でしかみてないものでも(tateの太陽のやつとか)。
実際みるものと写真とでは全然違う。
美術館に行かないと体験できないもの、でもそれは特別なものじゃなくて日常の延長線上にあるものだってことをつくづく感じる。
作品が大スペクタブルだとか、どうなってるか全然分からないだとか、彼の作品はそういうことじゃない。アナログな明かりの周りにできる光のにじみだったり、水面の揺らぎだったり。

ハイテクなようでいて 私たちの周りにある自然と化した科学現象がいかに美しいものかを認識させてくれる感じとかそういう小難しいこと関係なしにおもしろい。

それでそういう当たり前なことを支えているのが彼の構造の美しさかなーと思ったり。直線も、曲線も、美しい。機械っぽいんだけど彼の作品はごつくなくて、そういうところが好きです。

21世紀美術館ってほんとに廊下がないなあー。ハコの中だけじゃない。






あとは新竪町商店街とか




大御町市場とか


theatre productsの靴買っちゃったりとか




谷口吉郎と吉生の共作の図書館は休館で外観しかみれず…












あとはハントンライスとか